嗚呼、関西学院。

大学の近代建築   阪神間モダニズム  
関西学院。もう卒業してはや○年、
ほとんど大学には行かなかったけど、入学前にはけっこう憧れていた。
いまだそのときの気持ちは「青春時代の憧憬」的な感じで
根強く心に残っているから、
最近の関学に関するいろいろな話題を耳にするたび、
入学前に憧れていたイメージが崩壊していくのはかなり悲しい限り。

当時から関学の知名度は本当に低く、
大阪の関西大学とよく間違われたりは日常茶飯事。
関西でも、京都や大阪の南部では
「なんや、どこにあるんやその大学」的な存在だった
カンセイガクインなんて誰も読めない)。



しかし知り合いとかに訊いてみると
「えーカンガクかっこええやん〜」というように、
受験生や大学生、在阪系の企業関係者の間ではかなり評判が良かった。
上手く言えないけど、
その評価は知る人ぞ知るというかっこよさ(ICUみたいな)?

ところがいまや偏差値的には
当時下に見ていた同志社や立命の後塵を拝してるとか。
「昔の経済と理学部は私学トップクラスだった」と誇る年輩OBの嘆きや如何に
(自分ですら今の学生に対して=それは学生のせいじゃないけど、
ほとんどの学生が関学を私学の第一志望にしていた往時と異なり、
いまは大半がどこかの滑り止めで関学に来ているのかなと思うと、ちょっと複雑な気持ちです)。

自分的にはなんか評価、偏差値がどうのこうのよりも、
「ちょっとお高く止まって好きだったマイナー女優が、
メジャーになった途端に普通のオバサンになってしまった」
ような感じが悲しい・・・。



大学の経営はよく分からないけど、
いつの頃か関学は「全国区」を目指し始めた。
当時いわゆる「関関同立」の中で
不当に落ち込んでいた立命がイメージアップ作戦に成功、
着実に評価を回復していたのも影響したのかな。
関学も地方試験を実施したり、スポーツ推薦を実施したり、
全国紙に広告を出したり――。

「学生を集めないと少子化の中、大学経営は成り立たない」
という危機感があったのかもしれないけど、
全国区という土俵に上がってみたら、もともと知名度が低い関学。
同志社はもちろん、立命に勝てるはずがない。
(ただ、知名度の低さなんかどうでもいいと思うんだけど。
「東京での知名度は?」など愚問。最初から東京の大学に行けばいいのでは?)。

結果的に全国区にも成り切れず、
当時の「孤高の存在的」かっこよさもなくなり、
単なる「地方のちょっと大きな大学」に。



地方入試も、スポーツ推薦も関関同立で
唯一導入しなかったのも潔くて好きだったし、
「なんか関学てかっこつけてるよね〜」みたいな世間の感覚も嫌じゃなかった。
「地方のちょっと大きな大学」と「マイナーな大学」は同じようで全然違う。
他の大学とはちょっと違うイメージこそ関学のウリだったのに、
このままますます個性が薄らいで、
メジャー大学の端くれ的コースをまっしぐらに進んでさらに凋落していくのかな。

関西ローカルでええやん
孤高なイメージと六甲の山麓にひっそり佇む関学の美しいキャンパス。
それに憧れた自分にとって、現状はとても悲しい・・・・。

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