南禅寺水路閣 蹴上インクライン

南禅寺界隈の近代建築 南禅寺界隈の別荘群 MAP
 設計:田辺朔郎 竣工:明治21年 





臨済宗の名刹、南禅寺の境内に残る明治の近代化遺産「水路閣」。
今から思うと、当時としては完全に違和感があった煉瓦造りの建物、
よくこの南禅寺の境内を横切る形で通せたものだなと不思議な感じもします。
それだけ日本の各地に先駆けて近代化を目指す京都府の熱意が強かったことの証しでもありますが、
今ではすっかり南禅寺で最も多くの人を集める観光施設に。





伝統ある寺院に明治時代の煉瓦橋が存在する和洋折衷の光景は、ある面では最も京都を体現した姿かもしれません。

関連施設 → 蹴上浄水場旧蹴上第2発電所/ねじりまんぽ旧御所水道ポンプ室









遙か昔の高校時代まで遡らなくても、それほど観光客が多くなかった水路閣。
やはりテレビのドラマなどで何回も舞台になったことが有名になったきっかけでしょうか。







水路閣のすぐ横は、南禅寺発祥の地とされる塔頭、南禅院
南禅寺の中核である方丈と五山制度最上位の寺院の塔頭の間によく異質な煉瓦の建物の建設を認めたなぁと改めて感動








水路閣の上部と水路を流れる水





水路閣に沿って、蹴上まで歩くことができます。
観光客が多くない時代にはすぐ崖が迫り、気をつけないと歩くのが危ない感じの通路でしたが――。






今では少し盛り土などがされて道幅が広くなったのかな。



何有荘

水路から眺める市街







水路をそのまま進むと、蹴上のインクラインに抜けることができます(下の写真はインクラインで使用された貨車)。
インクラインも2025年、水路閣とともに国宝に指定されました。インクラインについては、Wikipediaのページを参照にしてください。





水路閣やインクラインを含む疏水の構想を実現した当時の京都府知事、
北垣国道と20代の若さだった工学士の田辺朔郎の偉業は京都、そして近代日本に大きな功績を残しました。














すっかり観光地となった水路閣では、季節の移ろいも楽しめます。
ただ水路閣は単なる観光施設や遺跡ではなく、
今でも京都市内に水を供給している現役の水道施設であり続けていることが最大の特徴です。
若き田辺朔郎が水路閣を始めとする琵琶湖疏水の開発事業を成功させたことで、
日本で初の水力発電が可能になり、日本で初の電車が市内を走りました。
さらにも琵琶湖疏水からの水があったからこそ南禅寺界隈の別荘群が次々に作られたことを考えると、
田辺朔郎と琵琶湖疏水がもたらした恩恵は産業面だけはなく、日本の文化面にも及んでいることが分かります。





他のページでも書きましたが、水路閣は母校に近かったこともあり、授業が終わった後などによく友達と出かけていました。
当時水路閣を訪れる観光客はほぼ皆無、水路の上の通路に至っては存在すら知られていなかったので、わが母校の生徒たちしかいないような状態。
今では考えられないのですが、水路を飛び越えたり(危険極まりないので絶対にしないように)、大声で話をして騒いだり、いろいろな青春の思い出が蘇ります。
そんな日常の一コマだった水路閣やインクラインがまさかの国宝に指定され(歴史的意義を考えると当然なのですが)、
ほんとにこのニュースは驚きとともに、とても嬉しかったです。これからもずっとずっと大切に保存されていくことを心から祈っています。


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